お寺の紹介

観音寺について

このお寺の

宗旨は高野山真言宗
ご本尊は千手観音菩薩
ご本尊のご真言はオンバザラタラマキリク
総本山は高野山金剛峯寺

真言宗の

根本のご本尊は大日如来であります
大日如来の御真言は オンアビラウンケン バザラ ダトバン
宗祖は弘法大師(御名は空海)宝亀5年(774)6月15日 香川県善通寺に御誕生 承和2年(835)3月21日 高野山にご入定
宗祖大師御宝号は 南無大師遍照金剛
立教開宗は大同2年(807)
根本の経典は大日経 金剛頂経であり 宗祖大師の御著作とともに教義の基本とします

教義と信仰

いきとしいけるものは 宇宙の根源的な大生命である大日如来の顕現であり すべての仏・菩薩・明王・天神などは 大日如来の御徳の一面をあらわしておられます

この大日如来を中心とした胎蔵・金剛界の両部曼荼羅は 整然とした宇宙の秩序と 永遠なる宇宙の生命をあらわし 現実世界のそのままが理想世界となることを示しております(蜜源国土)

わたくしたちは 大日如来に帰一するために 手に印を結び(身密)口に真言を唱え(口蜜)心を本尊と同じ境地におく(意密)三密行を実践することによって この身に本来仏性がそなわっていることを自覚し その体現につとめます(即身成仏)

宗祖弘法大師は みずから大日如来すなわち遍照金剛となられて 社会の安泰と人びとの福祉のために尽力され 未来永劫にわたって衆生を救済しようという御請願のもと 高野山奥の院に御入定なされておられます

大師御入定の聖地である高野山祖廟を信仰の中心に置き 大師のみ救いを信じ 大師のみ教えを現実社会の中に生かすことがわたくしたちのつとめであります

真言宗とは

真言宗は仏教の宗派の1つであり、平安時代初期、中国に渡り密教を学んだ弘法大師(空海)が開祖となって日本に教えを広めました。

密教とは、秘密として扱われている教義や儀礼を師から弟子へ伝承により伝えていく宗教で、神秘主義的、象徴主義的な教義が中心になっています。

真言宗では、宇宙の真理を現し宇宙そのものである大日如来を本尊としています。また、命あるものは全て大日如来から生まれたとさてれいます。

弘法大師(空海)は、人間は生まれ持ったままの姿で覚りの境地に達することができる可能性を持ち、 修行によって大日如来と一体となれば即時に成仏することができると説いています。

成仏とは迷いのない心で宇宙の真理を覚る境地に達すること、これが自身のいのちを生かしながら仏の道を開く真言密教の根本「即身成仏」の教えです。

沿革

弘安5年(1282年)寺伝によれば、紀州那智山より千手観音菩薩を請来した権大僧都宗快上人が開基である。
元和4年
(1618年)
村上藩主堀直寄候の時、羽黒町長楽寺より観音堂を移築し建立したとされる。
寛文5年(1665年)松平大和守直矩候の時、前藩主本多能登守忠義候の協力を得て(建築用材は会津より搬入)観音堂を建替え。
宝永3年(1706年)藩主本多忠孝候の時、隣の法顕寺より出火し仁王門を残し観音堂を焼失。建替え後40年のことであった。当時の観音寺住職は、信仰の厚かった前村上藩主である松平大和守直矩候の縁を頼り奥州白河に出向き観音堂再建を懇願。
宝永7年(1710年)松平直矩候は死去されていたが、松平家3代基知候、4代明矩候の寄進により主に奥州白河の欅材を使用して観音堂を再建。その後も歴代藩主の祈願寺として繁栄をきわめた。
明治初め庫裏を全焼。困った住職は仏海上人に再建を懇願された。
明治6年仏海上人が再建に千余円を寄付。庫裏を再建。
明治7年仏海上人が請われて観音寺住職としてお入りになられ、その後各地の神社仏閣の修理・再建、貧民救済に尽力なされ新潟県知事より7回表彰される。
明治36年仏海上人が観音寺に塚を築き、座禅をしたまま永眠、入定。
昭和27年観音堂の茅葺屋根が維持できないとの理由で拝殿の部分を解体し北側に移築。
昭和36年堀住職の代に日本ミイラ研究グループにより仏海上人の発掘調査が行われ、即身仏として安置され現在に至る。

連絡先等

高野山真言宗 大悲山観音寺

住所 〒958-0864 新潟県村上市肴町15-28
駐車場 有り
電話番号 0254-52-4707
※出られない事が多いので留守番電話にメッセージをお入れ下さい。
○JR羽越本線「村上駅」から徒歩で約8分
○日本海東北自動車道「村上瀬波温泉IC」から車で約6分

参拝時間

通常:8時〜17時
冬季:8時〜16時半